昭和50年05月23日 月次祭
信心を段々頂いて参りますと、信念確信というものがだんだん強うなって参ります。例え今どう言う所を通っておりましても、どう言ういわば難儀な所を通っておりましても、私くしがおかげを受けないはずはない、必ずおかげになるこういう心の状態が開けて来るものです。だからあのう信心は有難いです。どういう難儀な中にあっても、私がおかげを頂かん筈はない必ずおかげになる。
まあそれを確信を愈々強めて行く訳で御座います。かというと又愈々信心が、是は分かれば分かる程、それは自分自身が分かると言う事なのですから。自分自身が愈々分かれば分かる程ね、私くしの様な者がと。例えば教祖の神様のご信心を思ってするとです、身は生神金光大神という最高の御神格を天地金乃神様からお許しを頂かれね、天地金の神と同根とまで称えられなさる程しの、御神徳をお受けになっておるのにも関わらず矢張り、終生無学の百姓として。
自分という者をぎりぎりの所に置いておられると言う事であります。信心は複雑怪奇と云やぁ複雑怪奇です。そういう極端ないわば矛盾した様な内容が、心の中にだんだん育って行くもので御座います。皆さんどうでしょうか。私くしがおかげを頂かん筈はない。もう是は私の修行中でしたけれど、良く親教会にお参りをして、渕上先生当たりと何時も共励会に行ったり、いろいろ帰り道に。
しかしまあ私くしがおかげを頂かな、絶対なかばのち私は言いよりました。それはもう、あんたがおかげを頂かなければ金光様の信心はどうか間違うとるばのち、言われる位な矢張り信心をしておった訳です。いうならばもうとにかく自分なりに一生懸命の信心をさせて頂いておるったということであります。まあ例を申しますと、あのーなら渕上先生当たりと色々共励会の方に参ります。久留米当たりに共励会にお話に参ります。すると帰り掛けに、もちろん行き掛けは教会から一緒にこう行きます。
帰り掛けは渕上先生はもう後スッーと草野の方へ帰る。私も椛目のですから一緒になるのですけれども、必ず、善導寺で別れよった。そしてもう一遍教会にお礼の御届けをさして頂いて帰りよりました。それだけが違い、そこんところが違うとった様に思うんです。私くしここに今あの公子先生が兄さんがまだ椛目におります時分に親教会に何時も、一緒に連れのうて参りよりました。
歩いて参るのです。それで町の中をこう通る時には、丁度東の方のこういうところに親先生の奥城が見えております。言うならこの道をこう通っておると、この辺に奥城がありますからここ辺の丁度真東にあたるところから最敬礼をしよりました。それからまたこっちに飯田の方へこっからこう曲がる訳です。曲がるところの横手の方に先生の奥城が見えて参ります。そすと又こちらを見てから。
そげぇんあの、その時分は大坪さんですね。そげぇん大坪さん何遍でもおじきせんならんですかというて言われよりました。ですから人が人偏なら私は何時も行人偏という生き方を身に付けて来ておった様に思うんです。それを例えば今の合楽でご信心をなさる方達の信心を見ておると矢張り、私に見習うて、言うなら神習うておられる様に思うのです。例えば久富先生当たりが北野の共励会にお出でられる。
あの七十幾つにもなられる人がです、晩遅うから又北野の方から、自分の家は北野の方ですから、もう明日でもよいのですけれども。一遍こちらから共励会に行ったらまた一遍こちらに帰って来て。そして帰っていかれる。いかにも無駄の様ですけれども、私は信心はその辺のところが大事ではなかろうかと思うのです。そうしなければおられない心が育って来るのです。だから心の中にはもりもりと頂けて来るのが、私がおかげを頂かん筈はない。そういうものが生まれて来る。
また人も第三者の人も、いんにゃあんたがおかげを頂かんなら、金光様の信心はどうか間違うておると、いわれるくらいな者を身に付けていかなければ。そういう意味でです矢張り、合楽でご信心の稽古をなさっておられる方達はそういう稽古の方がまぁ殆どであるということです。私くしの信心を頂いて下さろうと精進なさっておられる方達ならば、皆んなそこんところの精進がいわば言わず語らずの中に、出来ておいでられておる様に思いますから、皆さんの心の中に私しがおかげを頂かん筈はない。
私しはおかげを受けん筈ないという確信がです、この中に一杯になって来る。だからどういう難儀な中を通っておってもそれが楽しいのである。通る所を通らせて頂いておるのだという思いが強うなって来るのである。もしそういう心が起こって来ないとするならば、まだまだ皆さんの信心はいうならば、私くしのいうなら、真似方でも出来ておりなさらんのだと言わなければならん。こげな事でおかげを頂くのは頂くじゃろうかと、言うような事では、私くしはまだ信心が足りんのだと思う。
というてですそういう自分を自分の信心に、一つの確信を持たせて頂けれる程しの、信心からね確信が生まれて来ると同時にですね、解れば解る程是は又それに、反比例致しましてね私くしの世うな、いうなら屑の子自覚という者が愈々強くなって来る。自分という者が、愈々広く大きく自分という者が解って来る。そこにです慢心にも似た様な私がおかげを頂かん筈はいと、言う様な心の状態から私しの様な、という謙虚ないうなら実意丁寧いわゆる、地を低うして行く所の信心が育って行くので御座います。
どうでしょうどっちも育っていない。自分は良かこつの事思うておる。自分なもう自分は出来ておるけれども人だけが出来ていない。自分は出来ておるけれども家内は出来ていない。子供が詰らんというならば家内の足元が見え、子供の非が見える時にはです、成る程それは非は非でしょう。けれどもそれは私くしの信心の不行き届きとして私くしが詫びて行くというような謙虚な信心がなされなければいけんのです。そういう信心が育って行くということがです私は、金光様のご信心だというふうに思うのです。
今朝からなら久留米から、今村さんという方が親子で熱心に毎朝参って、もう丁度御祈念が終わって御理解が終わった、その後頃の時間に何時も参って来ます。熱心に参って来ます。この頃時々神様にお知らせを頂きます。今日もお参りをして見えられましてから、今朝方から頂かれた事の御届けがありました。今朝方から苺を頂いた。苺果物の苺。それから同じの果物のイチジクを頂いた。イチジクと苺のお知らせでしたが、これはどういうようなことで御座いましょうかと言う様な事で御座いました。
それで私が善導寺の原さんのお話を致しました。二十五年前に今日あの、楽の笙の御用を頂いておるのが当のご本人ですけれども、もう愈々今日がもう難しい。そこで親戚の方達も、もうお葬式の遠い方たちなんかは準備をしてから、見舞いに見えておると言う様な状態のところで御座いました。もう言うならばもう助からないと言うのです。その時に御夫婦の信心が一生懸命にまあそれ前から、参って見えてはおりましたけれども、そういうことから愈々本気で打ち込まれる様になって来た。
もういよいよ難しい難しい、今日で駄目だというその時も難しそうにある。ちょうど夏で御座いましたが、もうそれこそ丁度今日の様にお月次祭が終わってそこでお茶を一服頂きよるところへね、それこそ猿股一つにランニングシャツで夏の事ですから、いわゆる駆け込んで来る様にしてお参りになったのが、原さんのお父さんでした。御願いをさせて頂いておるが先生どんなもんでしょうか、医者はもうだめだと言うております。もう私共も諦めております。
それだからどうぞ先生本当な事を教えて下さいと言うて、まあ私くしに詰め寄られました。それで私くしは申しました。半分は諦めておる。半分はもう詰らん。もう半分は諦めておるならもう終えてしもうとるじゃないかと。そういうことを言わずに、是から帰ってあんたんところの裏の畑にどん座って、今晩一晩それこそ大地に額ずいて祈りなさい。願いなさい私しも御願いするから。というて帰しました。そりゃもうう生懸命に裏の田んぼに出て御祈念をなさった。
明くる朝まだ私しが休んでおりましたら二階のまだ、何ですか蚊帳の中に入っておりました、かやの外におとどけに見えておりますのが、原さん達御夫婦でした。おかげで不思議に少し持ち直しかの様に見える。どうぞ一つ助けて下さいという、私は蚊帳の中お二人は蚊帳の外の廊下の方へぬかずいておられる訳です。それで原さんあなた方の御夫婦の信心がね、是からいよいよ本当な信心にならせて頂いて、一生この神様をはなすようなことは致しません。
この神様の信心を忘れるような事はしませんという、お約束が出来るならそれを引き換え昌一郎さんの病気の事は私が願いましょう。一生忘れるだんの事ではありません。ここに助けて頂くなら一生涯私共お参りを続け、辞める様な事は致しませんということで御座いました。それをいうなら、引き換えに御届けをさせて頂いて、もうそれからというものは、第一医者の薬やら注射を、全然受け付けませんでした。
それで結局医者も諦めて御出でられん様に、まあ色んな事情がありましたが、見えん様になり、もうそれこそそれから何ヵ月後かには、山にその頃は木炭が無い頃ですから、山に昌一郎が木炭からいに行きましたと言う位におかげを頂いた。そして今日のおかげを頂いて、原洋服店の店主として二人のお子さん、それも毎朝親子今三名おられますから、親子三名それこそ二十数年間、毎日お参りし続けておられます。
それは途中ではあげな事ば約束したけんで、きつかと思いなさった事もあるか知れんけれども今原さんに問うて見るならばです、苦しい事も辛い事もない唯ただ有り難うして有り難うしてというのが、本音ではなかろうかと思います。私しはこういうお取次をしたのは初めてでした。もう二十数年になりますが、あんたどんが信心を止めんと神様に約束が出きるなら、神様にお取次をさせてもらうといったようなことはもう、後にも先にも原さんがお一人でした。
ですからなら皆さんの方の側からです、そういう信心をなさる事になればおかげも受けられるでしょう、力も又受けられる事になるでしょう。言うならばあなたが苺のお知らせを頂いたということは、仏教的な言葉で言うと、一期いっぴと欠いてある。それを一期と読む。言うならば一期の願いとこう申しましょう。一生の願いと言う意味なんです。その自分の今の信心をです。
一生一期のものとして一生のものとして頂いて行きますと、例えどういうことがあっても信心を緩め、信心を辞める様な事は致しませんというものがです、矢張り出来なければいけないと言う事ではないでしょうか。今までのあなたの信心は何というてもです、言うならばイチジク。それこそイチジクの様な信心であった。それこそ今におかげを頂くじゃろう今におかげを頂くじゃろうと言いながら、なら大したおかげも頂く。
イチジクというのは、無花果と漢字で書いてあります。花が無くて実るというのです。だからね、花がなからねばいけません。花が咲かなければいけません。おかげの花がそれこそ咲かなければですね、私くしは本当のおかげではない。けれどもその花がまた実らなければなりません。それが信心です。今日私はおかげの泉の原稿が出来ておりましたから、目を通させて頂いた中に、先日からの朝の御理解が出ております。
それはある信心をなさる方がある難儀な問題でお参りをして来て、その方がここに参って来て、その翌日朝のお夢にお知らせを頂いたのが、今までの信心は山吹の花の様な信心じゃと誰かが言うておるお知らせであると。そしてこれからは花も実もある信心ぞと頂かれた。早速あくる日電話が掛かって参りました。そして今朝唯ただ普通のお夢とは思われない、こういうお夢を頂きこのお夢の中にです。
しかも今までの信心は山吹の花の様な信心であった、それこそ花は咲けども山吹のであってね、実が実らない信心ばかりを、言うならおかげからおかげだけを求めた信心であった。まあおかげからおかげを求めて花が咲いておるならまだ良いけれども。今朝今村さんが頂いておるのは、花も咲いていないと言う事。そしておかげを何時か頂くじゃろう、何時か頂くじゃろうというてなら、実にもならないと言う様なお知らせであった。それは何故かと言うと本当に間違いの無い信心に打ち込むと言う事。
しかも一生一期のものとして打ち込んで行くと言う事。そこから花も実もある信心。花も咲くならば実もまた実るという、おかげ受けられると言う事ですから、一つ腹を決めさせて貰うて、このお道の信心は一生涯のもの。勿論一生涯のものと言う事はですね、あの世にも持って行けこの世にも残しておけれると云う程しの信心の内容が段々出来て来なければもちろんなりません。又出来て来るでしょう。
それだけの打ち込んだ信心なら。そこでです花も実もある信心と言う事がね。最初に申しました様に、だんだん信心を手厚う頂いて行けば行く程、私しがおかげを頂かん筈はないという確信が、それこそ何処からか湧いて来る。それこそ盛り盛りと湧いて来る。どういう難儀な中にあってもね、それをいわゆる今におかげを頂かせて頂く為のこれは過程に過ぎないのだと、言うならばへこたれる心が起きない。
そういう信心を身に付けて行くと同時に、自分という者が解れば解る程に、私しの様な私しくらいな信心でようも神様が、この様なおかげを下さるものだという、愈々自分というものをぎりぎり掘り下げさせて頂く、心の状態が生まれて来る。この二つが私は育って行かなければ、今日言う花も咲くなら実も実るというおかげが繋がらないと思う。数日前でしょうか吉井の吉松さんと云う方のお導きで、立派な風采のまあ私共年配位な方がお参りになって見えました。
私は聞きませんでしたが、後から西岡先生から聞かせて頂いたんですけれども。今度元のあの軍艦陸奥のあれの売約、売買をなさる契約に見えて、それは功を奏しなかったんですけれども、成就しなかったのですけれども、そういう大きな任務を持って九州に見えておられる方でした。その方が吉松さんのお導きで、そういう方がおられるなら一辺面接したいと言われる。そんなら私が今日御導きをさせて頂きましょうと言うて、連れて参って見えた。どう言うもんでしょうか、もうま求め心があるからでしょうか。
もう熱心に私の話を聞いて下さって、ほんに感動して下さる。もう思わず三、四十分話致しましたでしょう。そして帰りにここのお庭を御覧になって、あのう西岡先生とこでお茶でもよばれて、まあ帰られたそうで御座いますが、すぐその翌日にこういう言うならば合楽にお引きよせを頂いて、こういう詩が出来たから親先生に献じてくれ、お供えしてくれというて、その詩を書き留めておられます。読んでみましょう。
「人の世の遠き旅路を辿り来て、神の教えに合楽の里」。「金光の神の御霊にお取次頂く親子今日ぞ合楽」。「天地の恵み巡りて金光の光を受けしわが心かな」。ここまではお広前にお引き寄せ頂かれて、初めて長い言うなら人生の中に今日の様なお話を頂いた事は初めてだったと感動しておられる。次にはお参りをして来られる方達の親子のお取次を願っておられるその姿に触れられての詩。
しかも今日はそういうご恩恵に浴した事を受けて。「その、天地の恵み巡りて金光の光を受けしわが心から」と詩っておられます。最後に「有難や人と生まれて神なりの人に戻りて道を説く親」。「神の御姿かくやと見たり、かくの神の声かくやと聞きぬ示現せし親」。ともう初めて参って来てどうしてこのように合楽の信心の、一番芯とも思われるところをずばっとね、把握出来るだろうか私は思うて感心致しました。
この最後の二つは取りも直さずそれは私の事をです、言わばそこに生神と見ておる訳です。この世の中にこういう人が御座っただろうか。それこそまさしくあれが神だ、あの声が神の声だと聞いた。それを示し現しておられる親だというわけです。私くしは惟を頂いてから途端にです、私の心は深いところに何か落ちて来ておる様な気がしました。本当にね私しの知らないものが例えば神様とまで仰がれるその私くしの内容を思うた時にです。私くしの様な者がね、どうしてたならばそういう事になって来る。
そういうふうにその人の目に映っただろうかと、もう何というでしょうか、穴でもあれば入りたい思いというのはこの事でしょう。私くしはそれを時点に私くしの心の中には非常に、言うならばそれこそ教祖様が無学の百姓と仰るならば、私くしはそれこそ無学の商人である私くしがですね、それも本当に私くしらいな信心でどうして此の様に沢山な人達が助かる事になって気ただろうか。
どうして又このようなお賄いを受けられる身分になったのだろうか。思えば思う程ただただ有難いやら、勿体無いやらにということになって来るのであります。私くしが唯思わせて頂く事は、はあ私しを神様と見とった。私しの話を神様のお話と聞かせれる。まあ私しもまあ生神様になったと言う心がちらっとでも動いておったら、私くしはおかげを落すだろうと思う。私くしの心の中には何時もそれがあるんです。
私しは何時もそのもうその自分が生神様になった様な気持ちの時きがあるんです。それもあなた方には解りませんけれども、はぁこれこそ生神の心を頂かなければ出来るこっちゃない様な心の状態やら、表れて来るいろんな状態というものがですね。これこそが生神の御働きであろう、お徳であろうと思わせて頂くようなことかと思うと、何時もその事を私くしはその事を私しの心の中には親鸞と日蓮が同居しておると言う様な事を話しますですね。親鸞という人はそれこそ、もういよいよ日本中で世界中で。
私し程愚かな者は無いんだとぎりぎり自分を悟っております。かというと日蓮という人は、自分が船に乗る。大嵐があっておる。今から佐渡島に移らせて貰おうとする時に、この雨嵐は何とした事か、今から日蓮があ佐渡島に渡るのだぞと、天に向かって南無妙方蓮華経を書かせて頂いたら、今まで高鳴っておった波がね、いわゆる沈んでしまう程しの確信というか自身を持っておるんです。
私くしの心の中にも時々それがある。又それかと思うと自分という者をぎりぎりのところにおいて行く、自分もあるんです。不思議な心が心の中に同居しておる。そういう心が育って行かなければ、今日私が皆さんに聞いて頂いたね。花も実もある信心と言う事にはなりません。今朝からのご理解にね、神と仲良くする信心ぞと、神に近付く様に信心せよと。神を恐れてはならんと。というあの御教えに付いて頂いたんですけれども。とにかく神様に近付かせて頂く。
拝むなら一番前で拝ませて貰うと言う位な、それ一杯並んでおってからこうやってから、押しのけて来いと言う事じゃないです。本当に一番前に拝みたいならやっぱそれだけ時間早く来ないけん。私共が御本部参拝させて頂いたら、どういう何万の人がお参りしておるでも、合楽の者がお参りすると奥城の中がバーと開くでしょう。それを私が神様に近付きたい近付きたいというから。
神様がそれを近付かせよう近付かせようとする働きがあるから、まぁだ奥城に行って後ろから拝んだ事もなからなければ横から拝んだ事も無いでしょう。二十何年間ね。やっぱ近付かなければなりません。同時にそれを支える物。それを最近言われておる心行なんです。いよいよ心行に力を入れさせて頂く所に、何時も我神と共にありという神をここに、何時も頂いておけれる信心が生まれて参ります。
そういう信心を目細くさせて頂いて、今日のですね、皆さんどうぞ自問自答して下さい。果たしてこうやって一生懸命お参りをしよるが、私がおかげを頂かん筈がないというような確信が、これから盛り上がって出て来ておるかどうか。出て来ておるなら今あなたは一生懸命の心行を無さっておられると言う事です。かというとなら此の様なおかげを受けておるという事実をです、もう自分の様な者が此の様なおかげを頂いてと、ぎりぎり人の足元が気の付く断ではない。
自分の足元を愈々見極めてからの、信心が果たして出来ておるだろうか。この二つが育っていないならばです言うならば今日今村さんが頂いておられる又、今度のおかげの泉に出て参ります様な、今までの信心が山吹の花の信心に終わってしまうでしょう。是からは言うならば花も実もある信心に、愈々踏切らせて頂いた信心を頂きたいと思いますね。
どうぞ。